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講演要約

2012.04.10掲載

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伊東豊雄
(伊東豊雄建築設計事務所代表)



建築家にできること

昨年の3.11以来、東北通いを続けてきました。ほとんどボランティアに近い活動ですが、自分のスタンスを決めて活動してきました。
まずは、自分も当事者だから批判をしないで、自分はどういうことが可能か、どんなに小さくてもいいから、身の回りでできることから始めようと思いました。
また、建築家は「俺はこういう建築をつくった」「デザインをした」ということを生き甲斐にしておりますが、それを超えたところで何ができるだろうか、を徹底的に考え活動をしました。



1つ目の活動 みんなの家をつくる

3.11直後、他の建築家5人で会を結成し活動をしています。 宮城野区の仮設住宅に「みんなの家」をつくろうと熊本県の協力で始め、昨年10月末に1棟を完成させました。

写真提供:仙台市


「みんなの家」の3つのテーマ:

  • 仮設住宅に住んでいる人々がみんなで一緒に食事や話ができ、集まれるような、心温まる場所。
  • 私が考えて、どうですか?というのではなく、住民の方に集まってもらって、何回か話をしながら設計をまとめていく。
  • この家を拠点にして、これからの復興計画を提案する場所にしてほしい。

「みんなの家」は12坪と小さいですが、隣人と話ができるよう、大きな縁側があります。薪のストーブと十数名が話せるテーブルとこたつ、全国からの学生がボランティアで作ってくれた家具もあります。
棟上げには、住民たちが餅まきという御祝いをしました。10月末の完成時には、住民の人が学生、大工さん、県の役所の方などみんなにお酒を振るまい、芋煮会をやってお祝いをしました。
今では、住民の方々は「自分の家にいるより、ここにいる時間のほうが長い」「木の香りが嬉しい」「この明かりが温かいのよ」と言ってくださっています。今後、被災地にさらに4~5軒ができる予定です。



2つ目の活動 岩手県釜石市の復興計画

釜石市の復興デザイン会議でアドバイザーの役割を仰せつかりました。もう少し町の人たちが希望をもてるものにできないかなと、市の大きな復興の土地利用計画を前提にしつつ、僕はフリーな立場から自由に描いてみました。
マウンドは普段から公園になるようにし、自分の町を見えるようにすれば避難の大きな助けになります。また、被災工場に仮設マーケットをする提案をしました。

一番住民が喜んでくれたのは斜面住居です。釜石市は平場が少なく、コンクリートがむき出しになっており、その斜面を利用しての住居を提案しました。斜面に合わせて、テラスハウスになっており、下はパーキング。防潮堤を前提にした許容の高さです。大きなテラスがあり、隣人に声をかけるような住居になっています。




最後に

安心・安全というのは、お金に先立って重要なことかもしれません。しかし、どこでも同じでなければならないという論理に基づき、これからの復興計画がなされていってしまうと、どこも同じような街の風景が展開されてしまうのではないか。
釜石は釜石で、石巻は石巻でと、俺たちの街はこうなるのだという、時間はかかってもそういう場所を造っていく。そうすれば若い人も出て行かないのではないか、誇りの持てる街のビジョンを造っていけばいいのではないかと思っています。




講演:竹本竜司様

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