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山梨日立建機株式会社代表取締役:日本

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いま、世界に推定1億2000万個の地雷が埋められている。さらに、毎年、100万個以上も増えつづけている。戦争が終わっても地雷の被害は続き、被害の80%は民間人である。しかも子供の85%は病院に着くまでに死亡してしまう。地雷は地中で50年以上もいきつづけ、人々は恐怖と貧困の中に取り残される。


1994年、私は、商用で初めてカンボジアの地を訪れた。首都プノンペンを歩いていた時、道端で物乞いをする子供たちに目をとめた。その中にひとりの少女とかたわらに老いた老婆が横たわっていた。老婆の右足はなく、顔にひどい火傷。対人地雷の被害だった。家族を失い恐怖と貧困に喘ぐ姿を目の当たりにし、老婆の手に1ドル札を握らせることしかできなかった。老婆の口から「ありがとう。カンボジアの人たちを助けてください。」の言葉は今でも脳裏に焼きついている。


郷土の山梨県で建機販売・整備会社経営する私は技術屋の一人だ。扱っている建設機械で地雷除去機がつくれるかもしれない。長い旅のはじまりになった。「田舎の小さな町工場から国際貢献の道を切り開きたい。」と社員に訴えた。こうして6名のプロジェクトチームにより、1998年、油圧ショベルのアームの先に高速回転カッターを取り付けた対人地雷除去機の1号機が完成した。開発の途上、最も頭を悩ませたのは除去機の耐爆・耐久性テストの場所探しだった。1999年9月にカンボジアでテストを実施した。安全性と耐久性が確保でき、現在カンボジア、アフガニスタンなどで52台が稼動している。ニカラグアで地雷除去後、オレンジの木を植え、5年後、年間60万ケースのオレンジを出荷し、輸出により150万ドルの収入を得ている。カンボジアも地雷原が野菜畑や果樹園に変わり、地雷国の農民の自立が進行し、成果が出始めている。私の夢「地雷のない平和な大地」が今、一歩づつではあるが歩みを続けている。

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