メニューをスキップして、記事本文へ
ここから記事本文です

握手



ユニバーサルデザインという概念を知ってからはや3ヵ月。街の工夫されたデザインや、不便さなどに気が付くようにはなっても、いざ「ユニバーサルデザインって何?」と問われると、自分の言葉で説明できる自信はないのが実際のところ。自分にとって身近でわかりやすいUDとは何だろう…。ぼんやりとそう思った時、ふと身近な人たちとの「コミュニケーション」が目にとまった。


私の親しい友人たちの間では「握手」というあいさつが習慣になっている。かつ、粋なコミュニケーションツールでもある。初めての出会いのその時、久々の再会を喜ぶその時気まずい関係を修復しようとするその時なんかにももってこいである。また、日本語の通じない外国人と接する時や、「名前は忘れてしまったけど、この人どこかで会ったことあるな・・・」なんて時にも大活躍してくれる。握手は、いたって簡単な動作なうえに、言葉を必要としないからだ。


とは言え、日本の社会ではあまり一般的ではないこの握手という行為。それが自分のまわりでこんなにも日常的になった理由はわからないが、事の始まりはおそらく、外国の文化の影響やあこがれという程度の「シャレ気」みたいなものだったと思う。握手をコミュニケーションツールとして使っている私たちに共通するものは、ただ「コミュニケーションをとりたい」、その気持ちだけだ。


しかしそこに「握手」という、世界の多くの人にとって使いやすいツールが自然と選ばれている。UDが「コミュニケーションをとりたい」という気持ちから始まるものだとすれば、「UDマインド」は、誰もが持っているものと言える。だとすれば、誰にでもUDを理解することができるし、「自分が何かを解決することだってあるかも」なんて思うこともできる。


ところで、先に書いた「シャレ」という言葉。当然、お洒落という意味なのだろうが、駄洒落のような、「人を笑わせること」というニュアンスもある。コミュニケーションに欠かせないのはなんと言っても笑顔。結果として相手を笑顔にできるUDは、相当
「シャレた」ことのような気がする。私も「シャレた」人間になりたいと思う。



(文・パイナップル王国)

※この文章は、2007年8月30日発行のゆうまぐ[第65号]に掲載されました。

<掲載日:2007年09月01日>