私は爪が長い。それも、中学校3年生からずーっと、親に怒られても、先生に嫌みを言われても、頑固に爪を伸ばしている。もちろん、手入れを欠かさない。白いところが10ミリを超えると強度に限界が来るので、爪切りでおおざっぱに切って、紙ヤスリで整え、ベースコート、アニキュア2回、トップコートを塗る。
コンピュータグラフィックスの講師をしていた時、毎回生徒さんから「そんなに爪が長くて、キーボードを打てるのですか?」と聞かれた。実際、キーボードは爪で打っている。この文章を打っているのも指ではなく爪だ。
爪は少しずつ伸びるから、忍者が幼少のころから一本の木を飛び越す訓練をするのと同じように、キーボードを打つのも適応する。逆に、爪が折れると、打ち間違いが増えて困るのだ。
ちょっと気を抜くと爪が折れる。お風呂掃除は要注意だ。ゴム手袋をしても、長い爪でいつの間にか穴が空く。そこからお湯が入り込み、柔らかくなった爪はいとも簡単に折れてしまう。
普段の生活には特に不便はないのだが、缶ジュースのプルトップを空ける時は、さすがに代替品を探す。親指の爪なら良い勝負だが、人さし指の爪では負けてしまうのだ。ガーデニングも爪の間に土が入り込むのでNG。ハンバーグを作る時も、直接手でこねることはできない。マニキュア塗りたての時間は、当然何もできない。
では、なぜ爪を伸ばしているのか…。もともと美人に生まれてこなかった私は、小さいころからコンプレックスの固まりだった。「かわいい」「キレイ」という単語とは無縁だったのである。中学2年生の初渡米の時、知人の中国人のお姉さんが爪を伸ばして、真っ赤なマニキュアを塗っているのを見た。キレイだと思った。
正方形の爪の私でも、伸ばしてマニキュアを塗れば、キレイかもしれない! 短い指も長く見えるかもしれない! 中学3年生の時、受験で部活をやめてから実行に移した。
大人になって、すっかり鍛えられた爪は、私のアイデンティティの一つになった。「美人」ではないが、「キレイ」な爪を持っているのだ。人前で短い指の手を見せることにコンプレックスを感じなくなった。
爪を伸ばしていて、メリットが無いわけではない。音響メーカーでデザインを担当していた時、リモコンの試作テストによくかり出された。欧米の爪の長いユーザーがどのようにリモコンを使うかの検証だ。
モバイルのタッチパネルもスタイラスペンを使わず爪でガシガシ押す。トゲが刺さった時も、毛抜きいらず。完全に指の一部なのだ。
最近では、スカルプチュアやジェルなどのつけ爪で、誰でも長い爪を楽しめるようになった。カラフルかつデコラティヴなネイルアートもあたりまえだ。でも、いきなり長い爪になってしまって、不自由はないだろうか。
私を含め女性は皆、日常生活の便利さより「キレイ」な充足感を求めるのか。
(文・ロングネール)
※この文章は、2007年3月15日発行のゆうまぐ[第57号]に掲載されました。
<掲載日:2007年03月15日>