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異次元エスカレーター


今から5年ほど前、イタリア旅行に行った時のこと。とある駅のエスカレーターで妙な体験をした。いわゆる「手すり部分」に
置いた左手が、なぜか前へ、前へと引っ張られていくのだ。私は最初、この不可思議な現象をよくのみ込めず、オロオロしてしまった。

よくよく考えてみたら、どうってことは無い。要は、エスカレーターの「踏段部分」と「手すり部分」の動くスピードが微妙に違っていたため、手すりに置いた手が、前の方へと先行しただけのことだ。「造りが悪いのか、整備不良なのか……。いかにもイタリアらしい。いい加減なエスカレーターだなぁ。」日本ではあまりお目にかかれない「異次元エスカレーター」を体験し、私は何だか微笑ましい気持ちになった。

その時、ふと思い出したのは大学時代の友人のことだ。彼は、足が不自由で車いす生活だったが、それ以外は健康そのもの。街の中を車いすで縦横無尽に駆け回る、実にたくましい男だった。ちょっとした段差は、自慢の腕力で「えいっ」と乗り越えてしまうばかりか、エスカレーターさえも「上り」だけならば人の手助けなしに利用してしまう。車いすに座ったまま、両手で左右の手すりにつかまり、前輪のキャスターを踏み段にひっかけて上っていくのだ。

そんな彼が、前述した「異次元エスカレーター」を利用した場合、果たしてどうなるのだろう。手すり部分が先行したり、後退したりすれば、極めて危険な状況に晒されるに違いない。最悪の場合、事故になってしまう可能性だってあるだろう。

どんな人でも使えるよう製品に工夫を凝らすのがUD……と思われがちだが、実は既製品を「正しい仕様で、正確に作る」こともUDの大切な視点の一つではないだろうか。「異次元エスカレーター」と彼のことを思い出し、そんな思いがした。もっとも、彼に対しては「エスカレーターに1人で乗るのは危ないからやめろ!」と言い続けているのだが……。

(文:居残り王子)

※この文章は、2005年4月15日発行のゆうまぐ[第19号]に掲載されました。

<掲載日:2005年04月15日>