誰も悪いことをしていないのに、みんなが被害を被って、困ってしまうことがあります。「白黒はっきりしない、やむを得ない事情が絡むのが現代社会なのだ!」と言えるのかも知れません。例えば、あなた自身が次のような場面に出くわしたケースを考えてみてください。
道を歩いていると、小さな子どもを連れたお母さんが、主婦仲間と井戸端会議をしています。子どもはまだ幼稚園に入るか入らないかといったところ。長話に暇を持て余して、お母さんの後ろで遊んでいます。
そこにちょうど、白い杖を持った視覚障害者が歩いて来ました。杖から伝わる感触を頼りに、こちらに向かって歩いて来ます。子どもは、「わぁ、白い杖。なんだろう?魔法の杖?」と興味津々の様子。あ〜、興味のあまり走り寄って行ってしまいました!
バシッ!びぇーん!
言わんこっちゃない、左右に振られた白杖が、子どもに当たってしまいました。
さて、この話で悪いのは一体誰なのでしょうか。考えてみてください。話に夢中になっていたお母さんなのか、それとも白杖を十分に活用し切れていなかった視覚障害者なのか。このお母さんは常に、いかなる事態をも想定して注意を配っていなければいけなかったのでしょうか。それとも、この視覚障害者は歩行能力が乏しかったと言えるのでしょうか。
今回のケースで最も責めを負うべき人、それはあなた自身と考えることはできないでしょうか。子どもが危険に晒されているのに、何をするでもなくただ傍観し、一部始終を見ていたあなた自身が最大の加害者、という考えです。子どもを危機から守ってあげられたのは、お母さんでも視覚障害者でもなく、その場面を見ていたあなたしかいなかったわけですから。
とは言え、この街角の小事件において、あなたはあくまでも第三者です。罪刑法定主義のもと、あなたがとがめられることはありません。
もし、この出来事をあなたが実際に目撃した時、どのように行動するでしょうか。その後の成り行きを気にしながら、野次馬すべきではないと視線をそらしつつ、通り過ぎて行ってしまうのではないでしょうか。用件を済ませて家路に着く頃には、忘れてしまっているかも知れません。
とりあえず、忘れないで心に留めておく。そのあたりから始めていただけるといいのかな、と思っています。
(文:白杖の騎士)
※この文章は、2005年3月15日発行のゆうまぐ[第17号]に掲載されました。
<掲載日:2005年03月15日>