自営業を営んでいるためか、最近、何事にも「効率」というモノサシを当てる癖がついてしまった。例えば先日、街を歩いていた時に、ふと目に止まった月極駐車場。いびつな形をした敷地に約20台ほどの駐車スペースがとられているのだが、どうにも効率が悪くてもどかしい。区切り方をちょっと工夫すれば、もう2台分くらいは駐車スペースが確保できるのだ。
脇にある看板を見ると、駐車料金は月額3万円。仮に、2台分が新たに確保できれば月に6万円、年間で72万円も売上がプラスされることになる。「ああ、もったいない!」とつぶやきつつ、同じ自営業者としてオーナーに提言したい気持ちで一杯になる私。「こうやって区切れば、あと72万円儲かりますよ!」と。
そんなことを考えつつ、ふと、3年ほど前に取材で訪れた福祉工場の工場長さんの言葉を思い出した。「例えば、車と車の間隔が1メートルしか取れない駐車場を作ったとします。これでは、ドアが十分に開けられず、車いすの人が乗り降りできません。幅を2メートル確保すれば、車いすの人でもそうでない人でも、分け隔てなく乗り降りできます。このゆとりこそが“ユニヴァーサルデザイン”なんです」
よくよく考えると、この月極駐車場も私が「妄想」した区切り方では人の乗り降りがアクロバチックになってしまう。車いすなんか絶対に無理。工場長さんの言葉を思い出した途端、私は自らの強欲さと精神的ゆとりの無さに、思わず苦笑いをしてしまった。
UDは「効率」と反比例するものではない。でも、発想が「効率」だけに囚われていたら、到底UDな企画は生まれないのだろう。「業務の効率化」を目指しつつ、そんな反省をする今日この頃である。
(文:無頼庵)
※この文章は、2005年2月28日発行のゆうまぐ[第16号]に掲載されました。
<掲載日:2005年02月28日>