最近、携帯音楽プレーヤーの小型・軽量化が破竹のイキオイで進んでいます。つい先頃も、ガムのパッケージ位の大きさで、22グラム、240曲収録なんていう新製品が発売され、たちまちSOLD OUT。大手家電量販店では予約が殺到し、しばらくは商品が店頭に並ばない状況だとか。
う〜ん、記念すべき「ウォークマン」第1号機をバイトして入手し、「アウトドアで、しかも歩きながら音楽が楽しめるなんて、こりゃあスゴイ!」と感激した身には、感慨無量な話題。あれから20数年、ついにここまで来たか…
そんな具合に、世界は革命的に便利になってきています。でも、その一方で気になるのは便利な「道具」の使い方。例えば、先述した携帯音楽プレーヤー。満員電車の中で、周囲の迷惑を顧みずにボリューム上げ過ぎて、高音がグンと強調されて洩れてくる「音楽」。なんとも無残でキブンを逆撫でする響き。(気持ちいいのはアナタだけですから。残念!)
あと、携帯電話のマナーも同じコト。所構わずの受信・着信三昧。いくら「UD」な機種を持っていても、マナーが伴わなければ、本末転倒。ああ、なんだか世の中、至るところで「良いも悪いもリモコン次第」状態が。(「鉄人28号」より。ちなみに作詞・作曲は三木鶏郎氏。おおっと、レトロ・ラビリンスの深みに…)
残念なことに、「道具」には意志がなく、使う側のスタンス、使い方によっては、本来の機能を大きく逸脱してしまう場合もあります。だからこそ、私たちの「心」が、唯一の拠り所となってくるのです。いつも「心」にUDを。「便利になることで、得るものもあれば失うものもある」なんてことは、言いたくありませんからね。
(文:ココロのボス)
※この文章は、2005年1月28日発行のゆうまぐ[第14号]に掲載されました。
<掲載日:2005年01月28日>