取っつきは良いが、使っても使ってもなかなかしっくりこないデザイン。最初は違和感があるが何度も使い込むと、体の一部のように使いやすくなるデザイン。使いやすさにも色々ある。
人間は「慣れる」、「飽きる」という便利な特性を持っている。人によって、同じ道具を使っても「慣れる」、「飽きる」速さに差はある。新しい商品を見たり使ったりした時、「飽きる」速さが加速されることもあるし、今まで使っていたものがますます好きになってしまうこともある。
日本には、昔から潜在的に流れている特筆すべきモノづくりの思想というか心がある。使うモノ、着るモノ、履くモノ、サイズは大中小ぐらい。慣れるまで多少時間はかかるかもしれないが、少しくらい体の大きさが違っても何の違和感もなく使いこなせる。
考えてみれば日本人は、人は自然の一部と捉え「自然の中でいかに持続性ある生活を営めるか」という、人中心ではなく自然中心のモノづくりをしてきたように思う。具体的な形ではなく、その人が使って初めてその意味が現れる。作り手の意図が、使い手の意思と混ざり合うことによって初めてその個性が表現される。
非常に高度な意味のブランディングデザインがされていたように思う。トヨタデザインが唱える「J-factor」に流れる思想がこれだ。これこそ日本人が考える次の時代の広義の意味でのUDではないだろうか。
東京・お台場のMEGA WEBに、「トヨタ ユニバーサルデザインショウケース」が、今年4月21日オープンした。自動車だけではなく日常身の回りにあるさまざまな用品が展示され、すべてのモノが手にとって確かめられるようになっている。本当に人間にとって使いやすいモノの姿はどうあるべきかを問い続けている。その一つの形が「ラウム」や「ポルテ」に表現できてきたように思う。
![]() 写真1:ラウム スライドドア、センターピラーレス、前席が収納でき、家族みんなが乗り降りしやすい |
![]() 写真2:ポルテ 大きな電動スライドドア、乗降口に段差のない低いフロア高で、人も荷物も乗り降りしやすい |
もっともっと使いやすくて楽しい商品を考えていきたい。
UDを、デザインの良し悪しを言う以前のベイシックな考え方として構築し、何時の時代も単に使いやすさだけでなく、使えば使うほど愛着が持てるようなデザイン。あえてUDと謳わなくても、「慣れても」「飽きない」サステイナブルなデザインを身の回りに溢れさせたい。
<掲載日:2004年10月29日>