UDが耳障り(?)になってきたのは、90年代後半頃でしょうか。私も「何で今さら」組でした。ちゃんとすべてのユーザー(生産・流通・販売・使用)のことを意識して製品開発をするのがID(Industrial Design)で、この世界では常識じゃないか……と誤った解釈をしていた当時を思い出します。また、「ユニヴァーサル」なんて呼んだら、もうこれ以上の表現は考えられなく、次のデザイン理念が出てこないんじゃないのか……とも。
その後ずいぶんと時間が経ってから、今まで使いやすいかどうかはデザイナー自身の力量で判断していただけの、漠然とした架空のユーザーを想定した開発だったことに気付き、ひょっとして間違っていた? と次第に感じ始めました。
世の中の動きからかなり遅れてしまい、社内にもUD思想の必要性を感じたのが、お恥ずかしい話ですが、つい最近のことでした。まずは、自分自身を啓蒙しようと「UD研究会」を立ち上げることから始めました。当初は私が動きやすい「デザイン系」数名でスタート。あくまでも自主的な活動で、裏を返せばノンリスク。勉強しながら、じっくりと活動していこうと気楽に考えていたのがまた大間違い。徐々に活動が知れ渡り、HP作成や展示会などへの資料提供、さらには評価基準から教育まで……。認知度が高まるということは、成果を問われるということでした。
現在は「企画系」も含めて10数名体制に拡張、正直言って持て余している状態ですが、IAUDを通じての活動を続けていなかったら、今頃は木っ端微塵に頓挫していたかもしれません。協会に参加できたことに感謝しています。
かつて、デザインのプロセスにおいて、それまでとは全く違う概念として衝撃的に出合ったのが、最初に「安全」で、次に「環境」でした。部門としての活動を推進していく中で、その企画・デザイン・設計のガイドラインやアセスメント等が自分達の創造力を脅かすのではないか。手法だけに頼り過ぎて発想が低下するのではないかという危機感さえ抱いたことも事実ありました。
思えば、デザインとはそのハード・ソフトが直接的・間接的に個人から組織・社会にまで強く影響を及ぼす行為です。「安全」も「環境」も……すべてを取り込んでしまうUDは、まさに人類が到達すべき究極のデザインなのかもしれません。
「よい品は結局おトクです」は、オカムラのモットーです。オカムラは真に価値あるものの提供を通して、「誰もが豊かさを実感できる環境」づくりを目指していきます。
<掲載日:2004年09月15日>