1982年から、通産省の新住宅開発プロジェクト「高齢者・身体障害者ケアシステム技術の開発」(当時の名称)に参加し、住宅のつくり方を人の性能の視点で考えるようになりました。ユニヴァーサルデザインという言葉はもちろんありませんでしたし、バリアフリーがやっと耳に入りだした頃で、社内では利益に関係ない仕事という位置づけでした。
しかし、住宅産業では、バリアフリーからUDへの流れが自然に発生しました。障害のある方の住宅を力づくでつくっていく過程で、幅が広くて段差が無いことは誰にでも気持ちの良いことだとわかってきました。住宅行政が個人対応ではなく、長寿社会対応住宅の整備をすすめ始めたこともきっかけの一つです。
年をとってから、あるいは障害が発生してから役立つ住宅ではなく「いつも今が快適」な住宅、誰もがいつまでも快適に住み続けられる住宅、それが生涯住宅の考え方になり、会社の基本思想に発展しています。

メイス氏と一緒に早くからUDに関わってきたポール・グレイソンという方と、1998年の第1回UD国際会議で会った時に、日本の「ミティ」のモデルに興味があり、わざわざ見に行ったという話題になりました。この「ミティ」は通産省(MITI)のことで、前述のプロジェクトの成果として、つくば市に建設した実験住宅のことでした。
身体機能変化にそのままで、あるいはわずかな改造で対応できるレベル移行住宅の考え方を元に、ホームエレベータや段差無しユニットバスなどの新しい住宅部品群やプラン変更システムを装備しています。UDの先駆者たちに注目されていたことを初めて知り、驚きとともに少し自慢したい気分になりました。
私は使いやすさを動作実験で確認して基準に反映する仕事や、障害に対応する住宅の設計に関わっています。建築では過去の経験や慣れからスペックが決まっていることが多く、なぜこの寸法なのかという問いかけに対する答えを持っていないのが普通です。作り手側の勝手をユーザーに押しつけていることもあります。
たとえばシステムキッチンのカウンターも、使う人や調理の作業によって高さや形状が変わるはずです。トイレの手すりも、使われ方を確認してL字形状に設計している人は少ないと思われます。まず、疑問を持つこと。自分にとって使えるか、あの人にとって使えるのか、さらに別の人を想定して使えるかどうか、どんどん拡大して確認することが重要と思っています。
写真解説:水平トランスファーシステムやスロップシンク兼用便器、住宅用ギャッジベッドなどの試作を備えた、6帖の寝たきり者ユニット。緊急時にベッドが窓の下の壁を破って表に出る。
<掲載日:2004年06月30日>